小林尊はアメリカでの知名度が高い!ホットドック大会の記録や逮捕された内容とは。

小林尊,ホットドック大会の記録

今やアメリカを拠点に活動されている小林尊さん。

元々日本でも知名度が高かった小林尊さんですがアメリカでの知名度はどうなのでしょうか。

また、アメリカでのネイサンズ国際ホットドック大会の記録もすさまじかったので

お伝えしようと思います。

小林尊はアメリカで活動していた

小林尊さんは2001年に毎年ニューヨーク市で開催される、『ネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権』への出場によって広く知られるようになり

同大会では2001年からの6連覇を果たし、”The Tsunami (ザ・ツナミ)” のニックネームで呼ばれるようになりました。

アメリカでは幾つかのCMやキャンペーンなどにも出演していて アメリカのテレビチャンネル、FOXスポーツネットでは、マイク・タイソンやロジャー・フェデラーらと共に、

「スポーツ界で最も恐れられている選手10人」に選出されていたり

スポーツ専門チャンネルESPNでは、マイケル・ジョーダン、ベーブ・ルースを抑えて
「スポーツ史上もっとも支配的なアスリート」とされていました。

アメリカでフードファイター=スポーツとしたのが小林尊さんなんだね!

アメリカでの知名度は?!

上記内容以外でもアメリカでの知名度に直結する内容をお伝えします。

・北米4大プロスポーツリーグにゲストとしてたびたび招待されている

・アメリカ大統領をはじめとした有名人などを題材にしたブラックユーモアなパロディアニメTV Funhouseにおいて日本人としては唯一アニメ化されている

・CSI:NYシーズン1では、エピソードの14話の冒頭「去年の7月またコバヤシがネイザーを破った。12分間にホットドッグ53個半だ。世界記録だよ。人間業じゃないな」と主人公が話す場面がある。

・アメリカやカナダでは、大学から招待を受け、公演活動やパフォーマンス披露も行っている

・ブルーノ・マーズはロサンゼルスで行われたニューアルバムのインタビュー中、小林尊さんの大ファンであると公言し、終始小林尊さんについて語っていた。

知名度もそうですし、顔が広いですね。

ちなみにこの画像がアニメ化された小林尊さんです。

最初スーパーサイヤ人かと・・・

子供が見るアニメからスポーツ大国であるアメリカでスポーツ大会のゲストに出演し

それだけでも知名度ははるかに高いと思いますが

小林尊さん自身が知名度を高くした大会がありました。

小林尊ネイサンズ国際ホットドック大会連覇

小林尊

小林尊さんが2001年から出場しているネイサンズ国際ホットドック大会ですが

元々起源も歴史が長く有名な大会でした。

ネイサンズ国際ホットドック大会とは

1916年に、4人の移民が誰が一番愛国心を持っているかを示すために、ネイサンズの販売スタンド(1号店)の前でホットドッグの早食い大会を開いたのが起源と伝えられています。

この時は12分間で13個のホットドッグを食べた、アイルランド生まれのJim Mullenが優勝している。その後この大会は毎年7月4日の独立記念日に開かれている。

2001年に小林尊さんが当時の世界記録を2倍するデビューを飾り、世界的なニュースとなり歴史はあったが一般には知られていなかった大会に知名度と人気が加わりました。

2004年よりテレビ中継が開始され、

2011年現在は国際大食い競技連盟(IFOCE)が統括するメジャーリーグ・イーティングの一イベントとなっているが、単体の早食い大会としても高い知名度を持っています。 

小林尊のホットドック大会の記録

小林尊

2001年に出場した際、

今までの大会記録25本の倍量50本を食べ世界記録となり世界的ニュースに発展。

2001 1位 50*本
2002 1位 50.5*本
2003 1位 44.5本
2004 1位 53.5*本
2005 1位 49本
2006 1位 53.75*本
2007 2位 63本
2008 2位 59本
2009 2位 64.5本

2008年以降は12分から10分へ時間変更になっています。

10分間に50本って考えられないレベル・・・

小林尊が逮捕されていた事実内容は?

小林尊,逮捕

当時大会に出場するにあたって契約書にサインをする義務があり、
契約書には小林が「1年間は許可なく他の大会に出場しない、番組などで大食い・早食いのパフォーマンスを行わない」という旨が記載されており、「私的には何もできない」契約書だったという。小林はこの契約を不服として、賞金などの「金銭は一切要らない、出場するだけでも良い」と契約内容の変更を申し出たが、契約内容の変更には至らず契約書にはサインをしなかった為欠場となった。
初参加から数年間はフリーとして自由参加をしていたが、年々契約書にサインをすることが多くなり、また内容も厳しいものになっていったという。

  • なお上記の大会を欠場し現場で観戦していた小林は、大会終了後にステージに上がろうとしたところを拘束され逮捕された。これに対しては情報が飛び交っており、複数人で「Free Kobi」と書かれた黒色のTシャツを着ていた為、大会運営陣営に対して抗議が目的だったとの情報や、現場に小林がいることを知った観戦者から「小林コール」が起こった為、勝者の祝福も兼ねてステージに上がろうとした、またはその場で即席のパフォーマンスを行い優勝者の記録に対して自分が挑もうとしてステージに上がろうとしただけとの報道もある。
  • 2010年8月5日、ニューヨーク州刑事裁判所の判決は、6ヶ月間の保護観察処分。
    罰金は科されず保護観察期間中に問題を起こさなければ犯罪記録も残らない寛大判決であった

また小林尊さんはインタビューでこのように答えていました。

その年の大会から翌年の大会までの366日間、約400万円払うから独占契約を結べ、独占的にエージェントをやらせろ、というものでした。
ネイサンズはメジャーリーグ・イーティング(MLE)というリーグのひとつの大会なのですが、
この運営会社が選手たちを曖昧な契約書で独占しようとするわけです。
そのからくりとしては、ネイサンズの予選を勝った、じゃあ決勝出場の契約書を交わしましょうという時に、ネイサンズの大会じゃなくてMLEの契約書を出してきてサインしろと迫る。
本当は別の契約じゃないといけないのに。今でもこうやって囲い込まれている選手がたくさんいます。

拘束されたり決まりによる束縛が嫌な小林尊さんらしいといえばらしいですよね。

以前は日本でも縛られたくなくテレビ業界から消えてしまうということもありました。↓

また小林尊さんは

「ネイサンズ大会から離れたら、あんた仕事なくなるぞ」って脅されても、僕は言いなりにならずケンカできるだけの力があったということです。
「プロ」といっても、MLEのチャンピオンでもおそらくその報酬はほとんど賞金で、20試合くらいやって400万円くらいにしかなっていない。2位以下の選手は交通費や旅費は自腹です。

僕はネイサンズを離脱しても自分の力で稼げる自信があった。お金だけじゃなくて、自分の価値は自分で上げていかないといけない。いろんな意味で、本当に「プロ」といえるのはアメリカでも僕しかいないと思う。それは自信をもって言えますよ。

こんだけ言い切れるって本当にすごいし自信が伝わってきます。

自信があるからこそアメリカでもやっていけるのではないでしょうか。

今回は小林尊さんのアメリカでの知名度やホットドック大会の記録

逮捕内容についてお伝えしました。

小林尊さんの人柄や自信の持ち方は真似したいところです。

これからも体に気を付けて頑張って欲しいです。